大塩事件研究会

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annoy朝日新聞連載「追跡 大塩平八郎、反乱から180年」 annoy 4月、府立中之島図書館で「大塩の乱180年記念展」開催 annoy 

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このブログは、大塩事件研究会の行事予定など、各種お知らせを主として掲載しています。Oosioheihatiroub

大塩の乱に関する諸資料は、当会会員の個人的ホームページ「大塩の乱資料館」に豊富に掲載されていますので、そちらをご覧ください。

同HPには本館(文献・論文・催しなど)、古文書館(画像と釈文)、別館(史跡など画像)がありますが、いずれも本館から入ることが出来ます。
本館のアドレスは:http://www.cwo.zaq.ne.jp/oshio-revolt-m/です。

(右の大塩平八郎像は、菊池容斎画 大阪城天守閣蔵です)


大塩平八郎の乱とは


 天保8年(1837)2月19日早朝、大坂東町奉行所の元与力で陽明学者でもあった大塩平八郎中斎(1793~1837)が飢饉の最中幕府の役人と大坂の豪商の癒着・不正を断罪し、摂津・河内・和泉・播磨(摂河泉播)地域の窮民救済を求め、幕政の刷新を期して決起した事件。奉行所の与力・同心やその子弟、近隣の豪農とそのもとに組織された農民ら約300人を率いて「救民」の旗をひるがえし、天満の自宅から大坂城をめざしたが、わずか半日で鎮圧された。乱による火災は「大塩焼け」といわれ、市中の5分の1を焼失した。
 当時配布された「檄文(げきぶん)」は大名から民衆まで密かに写され、また乱の情報は、大塩父子が暫く潜伏し手配されたため、全国に広く伝わり、幕藩体制に大きな衝撃を与えた。明治維新の30年前である。
 乱の参加者はほとんど捕らえられ、獄中で死亡した者が多かった。
 来年2017年は、乱から180年、大塩平八郎ほか関係者多くの没後180年にも当たる。(当研究会発行「大塩の乱のあとをたどる-マップでたどる大塩の乱」から一部修正)

大塩事件研究会のご案内
~大塩の乱を学んで、現代を考えよう~

 「大塩平八郎の乱」は多くの人々によって知られている有名な事件です。当時の幕政を揺り動かし、新しい歴史の流れをつくる契機となったことも大方の認めるところです。この事件をめぐっては、さまざまの記録や伝承があり、大塩は今なお民衆の中に生きつづけている感があります。テレビや新聞で度々取り上げられるのもそのためでしょう。

 この事件の研究については、すでに多くのすぐれた成果がありますが、まだ未開拓の点も多く、人に知られずに、埋もれている史実もかなりあると推測されます。この事件に、直接・間接にかかわった多くの人々に光をあて、当時の社会世相をふまえながら、事件の全貌を明らかにする必要があります。さらにそれが現代の私たちに持つ意味を考える必要を痛感しています。

 このような問題意識から、昭和50(1975)年、「大塩事件研究会」が結成されました。母体は、それ以前20数年にわたって、大塩家の菩提寺である成正寺を中心として、事件関係者の追悼・顕彰をつづけきた「大塩中斎先生顕彰会」です。これに対し本研究会は、上記意味から、追悼・顕彰にとどまらず、事実にもとづいた研究・調査や、その成果の市民への還元など、大阪の学問・伝統を生かした特色ある活動を期しています。現在、研究者・教育者をはじめ、関係者の子孫や、事件に批判的な人も含めて、関心をもたれる市民の方々の参加を得ていますが、さらに多数のご入会をひろくお願いする次第です。

研究会活動内容

①大塩平八郎の伝記、思想、行動の調査研究151128oosiokouenkai2_2
②大塩の直接の門人ならびにこの事件に関係した無告の民衆の実態調査
③幕末天保期の総合的研究
④大塩中斎忌を始めとする各種集会の開催
⑤『大塩研究』を始めとする出版活動   
⑥各種資料の発掘調査
⑦各種諸団体との連絡提携
⑧その他必要な事項151221oosioyomubukai_2

(右写真は上から、講演会、大塩の乱関係資料を読む部会、見学会)


年会費等


一般会員:3000円、賛助会員:10000円
講演会・大塩の乱関係資料を読む部会・見学会参加費は、毎回会員・非会員共 500円
会員には学術誌「大塩研究」(年2回発行)をお送りします(一般会員1部、賛助会員3部)。


会長  
藪田 貫(やぶた ゆたか)
     (兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)

事務局
150531oosiokengakukai_2
〒530-0053 大阪市北区末広町1-7 成正寺内 大塩事件研究会
Tel 06-6361-6212

(お問い合わせ先 Tel・Fax 06-6877-2590 内田正雄 )

ご入会申し込み用紙、会費振込先等については、別頁に記載しています。矢印をクリックしてください。

以後順次、本研究会の行事予定などを掲載していきます。このページ上・下のリンクバーまたはページ右側の「最近の記事」をクリックしてご覧ください。よろしくお願いします。

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2018年6月28日 (木)

研究会平成30年7月例会のご案内

研究会7月例会のご案内です。 

1.日時 7月21日(土) 午後1時30分~

2.場所 大塩家菩提寺 成正寺
      大阪市北区末広町1番7号
      電話 06-6361-6212
      JR環状線天満駅から南へ徒歩15
    地下鉄南森町駅から北西へ徒歩5分
    (⑥出口を北へ 最初の信号を左へすぐ)

3.①講演「近世の与力と職務―八田家文書『寛延播磨一揆吟味留書』を事例に―」 
  
    講師 渡邊忠司先生(佛教大学名誉教授)

   近世地域支配は、代官と遠国奉行を基軸に、特に町与力・同心の「実務」があって遂行された。
   寛延一揆の記録を事例に探る。

  ②ビデオ「新・大塩平八郎と民衆」 監督 島田耕
   最近の大塩事件研究会の活動を入れた復刻版
 
4.参加費  500円

お問い合せ先  内田正雄 06-6877-2590

奮ってご出席のほど、お願いします。

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平成30年7月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年7月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:7月23日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:
 「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 56右頁3行目「御弓奉行組同心竹上万太郎・・・・・」から
  ★9月からは、新テキスト「大塩平八郎一件科書」に替わります。 
      
 「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  (原資料187頁)上段「3 異変への対応・・・・」からです。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回以降は、8月はお休み、9月24日(月)、10月15日(月)、11月26日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2018年6月 7日 (木)

平成30年4月、中之島図書館・大塩の乱180年記念展の記録

平成30年4月3日(火)~4月27日(金)、大阪府立中之島図書館で開催された『時ならぬ浪華の花火-大塩の乱一八〇年-記念展』は、入場者3668名の盛況でした。記録写真をご覧ください。

1.展示会風景
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左:開会前日準備風景
右:期間中の展示場風景


2.講演会・映画会(4月14日)
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左:薮田会長の開会の挨拶       右:会場一杯の聴衆

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左:朝日新聞・大峯伸之記者の講演     右:10回に亘った連載記事執筆の裏話

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左:映画「大塩平八郎と民衆」の監督・島田耕さん 右:映画の一場面、大塩の講義を受ける百姓たち

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左:ギャラリートーク、薮田会長が展示物解説

3.古文書講座「大塩の檄文を読む」   4.大阪歴史博物館で、大塩関連図書紹介
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左:3週連続講座、講師は薮田会長     右:博物館2階なにわ歴史塾での図書展示

本催しの詳細は、平成30年秋発行予定の、機関誌・学術誌『大塩研究79号』をご覧ください。

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2018年6月 5日 (火)

5月例会 フィールドワーク「大塩平八郎ゆかりの吹田を歩く」記録

5月27日(日)、風もあり薄ぐもりの絶好のウォーク日和に恵まれ、15名が参加して行われた。

 今回はテーマを「大塩平八郎ゆかりの吹田を歩く」と名付け、大塩平八郎と関わりのある、宮脇志摩・橋本清太夫ゆかりの旧吹田村を地元の内田が案内した。

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(写真 左:泉殿宮参道の燈籠、右上:泉殿宮本殿、右下:泉殿宮での民話の朗読)


 江戸時代後期に建てられた石燈籠から先が泉殿宮の参道。昨年大改修した本殿を拝した後、整備された境内で宮脇一彦宮司より宮脇志摩、本殿改修等の話を聞く。

この後、大塩の乱と泉殿宮の関係を伝える民話『泉殿の神主さん』を土井委員がさわやかに朗読してくれた。

Dsc_0098b 宮脇家の墓所は玉林寺の北、浄光寺の境外墓地にあり、時代を憚ってか、墓石には『宮掖有孚、室理加合墓』と記されている。しかし隣にある明治時代に建てられた『志津摩の墓』には宮脇志摩、室理加三男と書かれていた。

ついで、行基創建と伝えられる常光円満寺、重要文化財に指定されている旧西尾家住宅を経て、浜屋敷で休憩。ここは吹田市が寄贈を受けた旧庄屋屋敷を改修整備し「吹田歴史文化まちづくりセンター」として活用している。(写真:宮脇志摩の墓)

元気を取り戻した後、大塩平八郎も大坂から吹田に来たとき利用したと思われる神崎川「吹田の渡し跡」へ。『摂津名所図会』にも記載されていると案内板にある。

Dsc_0099b 薄茶に色分けした吹田街道を北へ進むと亀岡街道、能勢街道につながる分岐点に「南町道標」が立つ。更に進むと橋本家の菩提寺「正福寺」に着く。

  室町時代の創建で中興の橋本長蔵正福(橋本家の祖先)の名から寺名が付けられた。江戸時代末期の橋本清太夫は大塩平八郎と親交があり、二人の子息も『洗心洞』の門人であったが親子とも乱には参加していない。
(写真:正福寺 天神神輿の碑、碑の解説文「吹田史蹟 天神境内 この碑は、慶長二十年(一六一五)四月、徳川家康の大坂征討(大坂夏の陣)命令を聞いた天満天神社が神輿の避難を計画し、その避難先が吹田村の有力者橋本清太夫屋敷になったことを記念して、文化元年(一八〇四)に作られたものである」)


暑い中5キロを超えるフィールドワークであったが、古くからの会員・遠方からの会員もお元気で、定刻吹田駅に戻り解散した。       (内田正雄 記)

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2018年6月 3日 (日)

平成30年6月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年6月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:6月25日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 53左頁1行目「御鉄炮奉行組同心・・・・・」から 
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  (原資料183頁)下段「2 長吏・小頭の役割・・・・・」からです。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回以降は、7月23日(月)、8月はお休み、9月24日(月)、10月15日(月)、11月26日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2018年4月29日 (日)

大塩事件研究会5月例会は吹田地区のフィールドワークです

(下記行事は盛会裏に終了しました。記録をご覧ください。次回行事予定は詳細決定次第掲載します)。

大塩事件研究会5月例会は下記の通りフィールドワークを企画しました。野外行動に絶好の季節ですが、帽子・飲み物はお忘れなくご参加ください。

          記

1.日時 5月27(日)13:30~16:30頃


2.集合
 13:30 JR吹田駅 中央改札口

(JR京都線 普通のみ停車 大阪駅から10分)

   解散  JR吹田駅 16:30頃 


3.内容
 「大塩平八郎ゆかりの吹田を歩く」

  案内人 内田正雄 山崎弘義(本会委員)

  大塩平八郎の叔父宮脇志摩、大塩と親交のあった橋本清大夫ゆかりの旧吹田村を歩きます。


4.主なコ-ス

 JR吹田駅→泉殿宮→宮脇家墓所→常光円満寺→旧西尾家住宅→大の木神社→吹田の渡し→浜屋敷-正福寺-高浜神社-吹田駅(解散)


5. 参加費
 500円(保険・資料代他)


6.お問い合わせ先
 内田正雄 06-6877-2590
          当日は携帯へ 090-5138-8421


ご参加をお待ちしています。


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平成30年5月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年5月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:5月28日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 50右頁1行目「追加 七月三日摂州能勢郡・・・・・」から 
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  プリント番号21-2左頁(原資料179頁)下段「6 曾根崎新地芝居の・・・」からです。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回は、6月25日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2018年3月31日 (土)

3月例会記録 182回忌大塩父子及び関係殉難者怨親平等慰霊法要及び記念講演会

 3月25日(日)午後1時30分から、成正寺で、182回忌大塩父子及び関係殉難者怨親平等慰霊法要が行われ、記念行事として、講談師 旭堂南海師による講演が行われました。また、講演後、研究会の総会が開催されました。

◆法要
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例年通りの厳かな法要でした。

◆講演:旭堂南海師「大塩事件と講談」
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 いつも和服姿の南海師がジャケット姿なのに驚きました。今日は「口演」ではなく、「講演」だからということです。
 南海師は、講談名人であるばかりでなく、講談に関する資料を多く集められ、研究者としても有名です。落語界の桂米朝師に匹敵するのではないでしょうか。

 演題は「大塩事件と講談」。事件から幕末、さらに明治・大正期と、事件にまつわる実に多くの講談が語られ、大塩が庶民に人気があった様を、豊富な資料を駆使してお話しいただき、実に興味深いものでした。

 事件直後に、江戸の講釈師・塚田太琉が大坂の地で、『慶安太平後日の講釈』と題して講釈し、三日目に奉行所から差止めになった。その後もいろいろな講釈師が、人名を変え,、時代を変えるなどして、次々と演じ、人気を博しました。
 多くは「実録」として演じられたが、その実、「真実六分、嘘四分」、それどころか、「真実四分、嘘六分」で、面白おかしく作られたものだという。

 中には、決起の話から、江戸の大岡政談の向こうを張って、大塩の三大功績、特に豊田貢事件を主体に、政談に変えようとして曖昧になってしまった話も多い。大坂には江戸のような人気の名判官がいなかったからだろうとのことです。

 このお話は、いずれ『大塩研究』に掲載されるはずです。楽しみにお待ちください。

◆講演終了後、年1回の総会が開かれました。
平成29年度の事業報告、会計報告、会計監査報告、平成30年度の事業計画、役員改選、事務局連絡などがありました。
平成30年度の事業計画については、別ページに記載していますのでご覧ください。

(文責 井上宏

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平成30年本会行事予定 2018.4.1現在

本年も昨年に引き続き、「大塩の乱、180年記念行事」が続きます。
皆様のご参加とご支援のほど、よろしくお願いいたします。

行事予定
◆1月27日(土) 講演会「天保能勢騒動-首謀者山田大助の狙いを探る」
◆3月25日(日) 大塩中斎忌法要・記念講演(旭堂南海師「大塩平八郎と講談」)
           総会・委員会
4/3(火)~4/27(金)大塩平八郎の乱180周年 記念特別展
       『時ならぬ 浪華の 花火』 於 大阪府立中之島図書館
4/35/7(月)(大塩展に関連して) 大塩に関する書籍紹介
        於 大阪歴史博物館 なにわ歴史塾
5/27(日)予定  フィ-ルドワ-ク  吹田地区の大塩ゆかりの地ほか
7/21(土)講演会   渡邊忠司先生(元仏教大学教授)

9月    講演会予定
11月   フィ-ルドワ-ク 守口地区(予定)
その他、検討中

各行事の詳細決定次第掲載します。

また、上記以外、「大塩の乱関係資料を読む部会」が8月を除く毎月、活動しています。詳細は表紙のリンクバー「読む部会予定他」をクリックしてご覧ください。

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平成30年4月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年4月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:4月23日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 47左頁1行目「右四人 網掛駕・・・・・」から 
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  プリント番号21-1(原資料177頁)「第一節治安・警察」からです。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回以降は、5月28日(月)、6月25日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2018年3月22日 (木)

「大塩研究」目次・号名一覧(2018.3.7改定)

下記の号名をクリックしていただくと、各号の目次がご覧いただけます。

第78号(2018年2月)

第77号(2017年8月)

第76号(2017年3月)

第75号(2016年9月)

第74号(2016年2月) 

第73号(2015年8月) 

第72号(2015年2月)

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「大塩研究」78号・目次 2018年2月

【講演録】日本の近世社会と民衆…………………………………… 谷山正道 … 1

大塩と私(21) 映像作家 島田耕氏に聞く

 …………………………………… 聞き手 薮田貫・内田正雄・山崎弘義………29

はじめての隠岐行-西村常太郎の足跡を訪ねて……………………薮田 貫… 42

野坂昭如『火垂るの墓』記念碑建立に向けて…………………………二宮一郎…51

学びと出会い……………………………………………………………保田恒雄…59

資料翻刻「難波美家解」(4)…………… ………大塩の乱関係資料を読む部会…50

大塩ゆかりの地を訪ねて(8)
  「能勢騒動-山田屋大助が辿った跡-」
…………………………内田正雄… 85

洗心洞通信(66)   ………………………………………………………………… 87

編集後記… ………………………………………………………………………… 98

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大塩ゆかりの地を訪ねて⑧「能勢騒動-山田大助が辿った跡-」

 大塩の乱に刺激され一揆を起こした、山田屋大助の辿った跡を訪ねる。騒動に関係する地域は、ほぼ旧多田荘九万八千町歩、七郷七二村に相当する広範囲である。今回はほんの一部しか紹介出来ないが、今でも素晴らしい景観と歴史が残る地域である。

野間の大ケヤキ 
005b 旧蟻無神社(現野間神社)の境内にあり樹齢千年以上、幹囲が十三米以上。神木として保護され、今でも生長を続けている能勢町の樹木のシンボル。昭和二三(一九四八)天然記念物に指定される。大助等は、ここで山田村の粂蔵ら村人と合流・休憩の後、名月峠へ向ったと云われている。








杵の宮・岐尼(きね)神社
010b 能勢街道を少しはずれた山田町小部にあり、延喜式に記載されている。今は大きな木と小さな建物だけが残るが、周辺の自然と相まって、靜かで心地良い。
 祭神のひとつに多田源氏の祖、源満仲の多田大権現を祀るとある。大助は先祖が多田院の御家人であることを誇りに思っており、神聖な場所であった。この宮で大助が考え、今井藤
蔵に「各村各家別に一軒ごとに一名を今晩中に杵の宮に集合させよ」と書かせ、一夜の内に三一ヶ村に『廻文』している。この早さは多田院が御家人達に召し状を出し、至急の集結を呼びかけたことを大助が知ってのことか。


興福寺
019b 三田市木器(こうづき)の東部山地の山裾にある曹洞宗の寺院。高台にある本堂の眼下、見晴らしの良い田畑が広がる。裏の墓地の奥は深い山になっており山城のようだ。捕手方を見下ろせるこの寺を、大助は初めから知って拠点にしたと考えられる。
 立て籠った一揆勢は空砲で脅しを掛けられると悉く逃げ去る。後に残った首謀者三人は多勢無勢の状況下、壮烈な最期を遂げる。捕手方から打込まれた鉄砲玉の跡が残っていた本堂は焼失。数年前までは「能勢騒動」の案内板が境内にあったそうだか今はない。(内田正雄・本会会員)

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洗心洞通信66号(大塩研究78号 2018年2月)

◇平成二九年七月例会―澤井廣次先生講演会「幕末期の社会変容と慶應二年大坂打ちこわし」

研究会七月例会は、七月二二日(土)午後一時三十分から、成正寺で行われた。

P1100417b講師は、天理大学図書館 澤井廣次先生。天理大学・神戸大学大学院を卒業された、新進気鋭の研究者。研究会の会員でもある。講師紹介で、薮田会長は、このような若い研究者が我々に続いてくれることは非常に頼もしいと述べられた。

演題は、「幕末期の社会変容と慶応二年大坂打ちこわし」。酒井前会長が始められた研究の新しい展開とのこと。豊富な資料を駆使した、分かりやすく、興味深い講演だった。いずれ本誌にも講演録が掲載される予定なので、ここでは講演の構成と若干の感想を述べるに止める。

講演の構成は、「はじめに」の後、第一章 軍事拠点化に伴う大坂の社会変容― 1.前史として~近世都市大坂の様相、2.長州征伐に伴う経済効果と負担、3.「浪士」の流入と対策。第二章 慶応二年(一八六六)大坂打ちこわし―1.打ちこわしの背景、2.発生・展開・終焉、3.他の打ちこわしとの相違点。第三章 幕末期大阪の社会変容と打ちこわし―1.展開の特徴と幕末期大坂の社会構造。おわりに。

筆者には、この打ちこわしがそれまでとは様子が異なっている点が印象的だった。長州征伐の余波を受けた大坂の混乱時、無宿もの中心に何の予兆も無く発生し、わっと展開し、軍が出るとサッと終わってしまった。民衆の世直し気分横行を示しており、事件後幕府は様々な施策を打ったにも拘らず、もはや流れは押し止められなかったとのこと。社会の階層分化が激化するとどうなるのか。現在の世界の状況に照らして考えさせられる。

(出席者)有光友昭、泉谷 昭、井上 宏、乾 啓子、上島朱實、内田正雄、大峯伸之、奥村 勇、片山郁子、紙谷 豊、川元 勇、岸本隆己、北田 一、澤井廣次、靜 剛、柴田晏男、志村清、島田 耕、田辺敏雄、土井裕子、中村英一、名倉延子、西田修造、藤木 実、政埜隆雄、松尾 茂、山口五十二、薮田貫、山崎弘義、和田義久、計三十名 (井上宏)

 

◇講演会「再考 大塩平八郎―大塩の乱一八〇年によせて―」

十月二九日(日)、午後一時三十分から午後四時、大阪市立中央図書館五階大会議室で、講演会「再考 大塩平八郎ー大塩の乱一八〇年によせて―」が開催された。

サブタイトルは、―大塩平八郎とは何者なのか? 大塩の乱とは何だったのか? 大塩の乱一八〇年の節目に、歴史・文学の専門家とともに考えます―

大塩事件研究会・大阪春秋・大阪市立中央図書館の共催。講演とパネルディスカッションの二部構成で、

第Ⅰ部

①講師 薮田貫氏(大塩事件研究会会長・兵庫県立歴史博物館館長)による「大塩事件とは何か」

②講師 福島理子氏(帝塚山学院大学教授)による「大坂をうたう大塩平八郎―『洗心洞詩文』から―」

③講師 岩城卓二氏(京都大学教授)による「大塩の乱と能勢騒動で武功をあげた武士―水野正太夫の人生―」

第Ⅱ部

上記三氏によるパネルディスカッション「大塩の乱とは何だったのか」

三階で関連展示もあった。

当日は雨天。夕刻に大型台風が近畿に最接近の予報で、前日から図書館に開催についての電話が沢山寄せられたそうだ。それでも、一八〇名と大勢の聴衆が詰めかけ、熱心に講師の話に耳を傾けた。

今回の講演会は、『大阪春秋・大塩の乱一八〇年特集号』発刊記念とも銘打っている。同誌には多くの先生方にご執筆いただいたが、今講演会は大塩を巡る文と武の関係に焦点を当てたいと福島・岩城両先生にご登壇いただいたとのこと。

藪田先生から、大塩は文人・武人の両面を持っているが、学問の力と武士の政治力で世を変えたいと動いた。それが乱であり、建議書であるとの指摘があった。
 福島先生からは、大塩は詩人としての美意識があり、世間が抱く先入観とは異なった一面がある。また、日本の儒者は学問が実行につながらない煩悶があるが、大塩は行動する儒者として珍しい存在であるとの話があった。

岩城先生からは、江戸時代は武士の社会であり、行政手腕で出世するチャンスは少ない。大塩の乱は、島原の乱以来二〇〇年、初めて公儀御威光が試された瞬間。水野はそのチャンスを捉えることが出来た。明治維新に向け、武の時代再来の幕開けだったとの指摘があった。

主題から外れるが、建議書の封を切ったのは誰かについて、岩城先生から興味ある問題提起があった。

この講演会についても、いずれ、『大塩研究』で、詳細の紹介が有る筈である。(井上宏)

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◇十一月例会 フィールドワーク「酒と織姫の町池田を歩く」

十一月十八日(土)十三時より、池田市でフィールドワークが開催された。まずは、阪急の創始者・小林一三が開発した室町住宅の中心に位置し、絹織物伝来の伝説と関わりがある呉服神社(写真)を訪れた後、池田城跡に向かった。

池田城跡は現在公園として整備され、市民の憩いの場となっている。ここから、池田氏の菩提寺、大広寺(写真)を訪れた。池田城を見下ろすこの寺には一三の墓もあり、宝塚音楽学校の新入生が墓参するのが慣例である。大阪府指定史跡にもなっている前方後円墳、池田茶臼山古墳は整備工事中で残念ながら見ることはできなかった。この古墳からの出土品を収蔵する池田市立歴史民俗資料館では特別展「天若不愛酒(てんもしさけをあいせざれば)―近代池田の酒づくり―」が開催されており、この日のフィールドワークは同展の観覧で一段落となった。

当日の案内役は、池田市立歴史民俗資料館学芸員で、本会会員の宮元正博が務めた。

(出席者)一瀬雅子、内田正雄、北村静子、小森己智子、斉藤正和、島田 耕、志村清、土井裕子、長町 顕、名倉延子、林 耕一、福島孝夫、藤井 隆、増井明美、宮元正博、山崎弘義、吉川直樹  計十七名 (宮元正博)

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◇『大阪春秋』秋号で「大塩の乱一八〇年特集号」が発売

168_2 大阪の歴史と文化を中心に編集する郷土季刊誌『大阪春秋』が、秋号として「大塩の乱一八〇年特集号」を十月一日に発売した。A4版一二〇頁、定価一〇〇〇円+税。充実の内容なので、ぜひ書店でお求めいただきたい。特集内容を列挙すると、

○スペシャル対談 旭堂南海 × 藪田貫 「大塩平八郎とは何者か 歴史と講談から探る」 構成 長山公一○総論 「大塩平八郎中斎の生涯」 藪田貫 ○「大塩事件前夜の社会情況 ―天保期の大坂とその周辺地域を中心に― 」松永友和 ○「大塩中斎と陽明学」 森田康夫 ○「大塩平八郎と門人たち」 常松隆嗣 ○「大坂をうたう大塩平八郎 ―『洗心洞詩文』から―」 福島理子 ○「大塩中斎と齋藤拙堂」 齋藤正和 ○「大塩の乱と能勢騒動で武功をあげた武士 ―水野正大夫の人生―」 岩城卓二 ○「特別寄稿 大塩の檄文」 深谷克己 ○「近代小説・読物にみる大塩平八郎」 高橋俊郎 ○「大塩平八郎を描いた映画」 田辺敏雄 ○「船場町人・銭屋髙松家の大塩の乱伝承」 小林義孝 ○「大塩に半生を捧げた男 ―石崎東国と近代日本における大塩の乱―」 山村  ○「大塩家の菩提寺 成正寺」 有光友昭 ○「大塩事件研究会のあゆみ」 内田正雄 ○「酒井一先生と大塩事件研究会 三〇年を超えるお付き合い ―生涯の恩人」 久保在久 ○コラム 「大阪府立中之島図書館の玄武洞文庫」 編集部 ○コラム「大丸の『大塩の乱』伝承」 編集部 ○「大塩の乱ゆかりの地探訪 ―史蹟を訪ねて、大塩の乱を実感しましょう―」  大塩事件研究会 ○資料 「大塩関係略系図+大塩の乱関係文献目録+大塩の乱関係者一覧+大塩平八郎関係年表」  大塩事件研究会 ○付録解説 「大塩焼図(大阪歴史博物館蔵)+御役録 天保八年改正(大阪市史編纂所蔵)」 編集部 ○付録:大塩焼図(大阪歴史博物館蔵)+御役録 天保八年改正(大阪市史編纂所蔵)

お求めは、ジュンク堂大阪本店、同千日前店、紀伊国屋梅田本店の店頭、または、お近くの書店からお取り寄せ注文となる。(井上宏)

◇隠岐の島で、「おきゼミ~大塩平八郎の乱一八〇年と隠岐~」開催

九月二四日(日)、隠岐島文化会館で、藪田貫先生と旭堂南海師による対談「大塩事件とは何か」と、旭堂南海師による講談「大塩事件異聞:西村常太郎物語」が行われた。主催は(公財)隠岐の島町教育文化振興財団。

 大塩平八郎の乱に関係して隠岐の島に流された少年・西村常太郎を主人公として、幕末から明治初期にかけての同島の激動の時代を描いた歴史小説・飯島和一著『狗賓童子の島」が、司馬遼太郎記念財団主催の第一九回司馬遼太郎賞を受賞。また、文芸春秋社「オール読物」二〇一五年十二月号で、「時代小説、これが今年の収穫だ!」にも選ばれた。隠岐ではそれが話題になっていたが、旭堂南海師が同小説の一部を講談化したのを機会に、本企画が実現した。詳細は本誌での藪田先生報告をご覧いただきたい。(井上宏)

◇大塩の乱ゆかりの各市(守口・門真・枚方・吹田)で、大塩の乱一八〇年関連行事相次ぐ

 大塩の乱に関係の深い各市では、大塩の乱一八〇年を記念して、様々な行事が行われた。その一部を報告する。

一.守口市

◆歴史講座「大塩平八郎と守口」

十一月十四日(火)午後一時三十分から、守口市中部エリアコミュニティーセンター(守口市役所地下一階)で開催された。

Dsc00135b 講師は、大塩事件研究会会長の薮田貫先生、当日は雨にもかかわらず、定員一杯の四十名の聴衆が詰めかけ、熱心に聴講していた。

講演内容としては、事件の概要、大塩平八郎の与力として、学者として、詩人としての人となり、檄文のこと、事件への参加者と処罰など、多岐に亘ったが、特に、京街道筋の村々が、大塩と如何に縁の深い土地であったかを強調されていた。

天満~守口~尊延寺村を「大塩の道」と表現され、大塩が淀川近郊を散策し、詩作に耽ったこと、般若寺村の橋本忠兵衛、守口の白井孝右衛門、門真三番村の茨田郡士、尊延寺村の深尾才次郎宅などを、京街道を歩いて度々訪れたことなどを紹介されていた。

◆もりぐち歴史館「講談・大塩平八郎」

十二月一日(金)午後一時三十分から、講談「大塩平八郎」~守口市と関わりのある大塩平八郎のお話を講談で~ と銘打って、もりぐち歴史館で行われた。演者はもちろん旭堂南海師。

 この歴史館は、旧中西家住宅。中西家は、近世初期に尾張徳川家と姻戚関係を持ったことなどから、後に尾張藩天満御屋敷奉行などをつとめた河内きっての名家の一つ。この地に居を構えたのは、十六世紀中頃とされ、棟札には、弘治元年(一五五五)に主屋が創建され、元和二年(一六一六)に再建、現在の建物は寛政五年(一七九三)の再々建で、長屋門(大門)は安永五年(一七七六)に再建されたと記されている。大塩も講義をしたと伝えられる書斎も残される、由緒ある建物での講談は、聴衆を魅了したと思われる。筆者も出席の予定だったが、風邪のため辞退せざるを得なかったのは残念だった。(井上宏)


二.門真市・枚方市
  門真市の門真市立歴史資料館、枚方市の市立枚方宿鍵屋資料館、淀川資料館の三館が共同企画で、「北河内・淀川ゆかりの人物伝」の展示が、十月十一日(水)~十二月三日(日)に行われた。その中で、門真の展示が大塩の乱関連であった

◆門真市立歴史資料館「大塩平八郎と門人たち」
Dsc00119b 大塩の乱に参加した門真三番村茨田郡士家に残された資料を中心に展示。特に郡司が所持したと伝わる館蔵の短刀が目を引いた。また、寛文二年の「河内国絵図」、明治十五年刊の『今古実録 大塩平八郎伝記』(守口文庫蔵)など地元ならではの展示があり興味深かった。

 ビデオコーナーでは「大塩平八郎と民衆」他が上映されており、椅子席で休憩がてら楽しめた。(内田正雄)

 

◆史跡めぐり「大塩平八郎関連史跡をめぐる」

門真市立歴史資料館・市立枚方宿鍵屋資料館・淀川資料館合同企画展の関連イベントとして、標記の催しが十月二八日(土)十三時からおこなわれた。はじめに造幣博物館館長の案内で博物館を見学し、造幣局の敷地内にある洗心洞跡・与力役宅長屋門を巡った。その後、天満寺町を通り、大塩家の菩提寺である成正寺に到着。成正寺では大塩平八郎・格之助の墓をはじめ、大塩家の墓も見学し、行程を終えた。当日は時折、激しい雨が降るあいにくの天候であったが、十一名の参加者を得た。講師は門真市立歴史資料館学芸員で本会副会長でもある常松が務めた。(常松隆嗣)

◆講座「大塩平八郎と門人たち」

十二月二日(土)十四時より、門真市立歴史資料館・市立枚方宿鍵屋資料館・淀川資料館合同展示「北河内・淀川ゆかりの人物伝」の関連講座として、標記講演会が鍵屋資料館にて実施された。講師は門真市立歴史資料館学芸員の常松隆嗣氏。守口町の白井孝右衛門や門真三番村の茨田郡士、尊延寺村の深尾才次郎ら、北河内ゆかりの門人に加えて、明治に入って平八郎の墓を建立した田能村直入、「大塩一条御仕置」を見た庄屋畠山武兵衛に関して、講師のこれまでの研究に関連づけて講演した。当日の参加者は四六名。講演後の質疑も活発なものとなった。(市立枚方宿鍵屋資料館学芸員 片山正彦)


三.吹田市

◆街歩き『大塩平八郎の乱を巡って』開催

 吹田市でも公民館イベントで大塩の乱をテーマにした天満界わいの「まち歩き」が企画された。

平成二九年十一月十五日 主催 吹田市東山田公民館。参加者 市民十五名。主なコース 成正寺―蓮興寺―槐の跡―洗心洞跡―与力門―天満橋―天神橋―大阪天満宮―JR天満駅(解散)

 三月に吹田市立博物館の学芸員による「大塩平八郎」の講演会が行われ、参加者の要望により実施された。

 成正寺に続き吹田市にある泉殿宮の、当時の宮司宮脇志摩の母、清(せい)の墓を蓮興寺に詣でる。

また、大坂天満宮は、大坂の陣の戦火を免れるため神輿が吹田の庄屋橋本清太夫家に運ばれた。今でも市内の正福寺に碑があり、市民の関心が深い。(子孫である江戸末期の橋本清太夫は大塩平八郎と親交があり、子息二人は洗心洞の門下生)。 (内田正雄)


◇テレビ放送、NHK・Eテレ、「歴史にドキリ」で、「大塩平八郎~庶民の反乱」放映

十一月十五日(水)午前九時四五分~九時五五分、表記番組が放送された。小学生向け十分間の番組だが、一応乱の概要が掴めるよう編集されている。歌あり踊りあり、小学生が興味を持てそうな番組である。

NHKのホームページでバックナンバーを観覧できる。NHKオンラインで、「歴史にドキリ」第二七回を検索してご覧いただきたい。(井上宏)


◇天声人語『大塩の銘 山中の賊、心中の賊』

大学の入学試験などでも取り上げられ、幅の広い読者層を持つ、朝日新聞の『天声人語』平成二九年九月二六日欄で大塩平八郎が書に残した銘に触れている。

安倍首相が自民党の仕事始め式で大塩の座右の銘を紹介したことに対し、首相自身の姿勢が問われているのである。一部を転載する。

 〈山中(さんちゅう)の賊を破るは易(やす)く心中(しんちゅう)の賊を破るは難(かた)し〉。山賊に勝つのはたやすいが、自分の邪念を克服するのはむずかしい。明代の思想家王陽明の教えである▼「この言葉を私自身の戒めにしながら緊張感を持って進んでいきたい」。▼森友学園の問題が表面化するのは翌二月である

加計学園の疑惑、安保法制、改憲論議にも触れ、数で押し切り、側近の失態をかばうと批判。そして最後に退陣を求める有権者は敵だ――。そうした「心中の賊」を首相は破れるのか。

で結んでいる。(内田正雄)


◇『大塚薬報』に大塩記事

 本会会員で、大塩ゆかりの東大阪市・政埜家ご出身の政埜隆雄さんは薬剤師。同氏から今回、大塚製薬(株)が、医師や薬剤師など専門家に向けた同誌(一九五〇年二月創刊、十七年十二月号)に、大塩に関する記事があることをご教示いただいた。シリーズものの連載「ライバルの日本史」で第五回目、執筆者は佐藤理一氏。「水野忠邦と大塩平八郎」のタイトルで、小見出しに「一介の与力が老中に挑戦」「暴かれた巨大な不正」「庶民を守らぬ幕府の政策」「大塩の乱は倒幕につながる」と書かれていることからも分かるように、大塩の乱を「義挙」と評価した論考となっている。専門外の会誌にも大塩が取り上げられているので、本誌読者に紹介したい。(久保在久)


◇ハーバード大学日本史教室で、大塩平八郎の檄文が教材に

 書店に、中公新書ラクレ『ハーバード日本史教室』佐藤智恵著(税別八二〇円)が並んでいたので、書名に惹かれて読んでみたら、あのハーバード大学日本史教室通史の、江戸時代についての教材に、「大塩平八郎の檄文」が用いられていることを知った。何でやねん?と読んでみると、厳しい封建体制の下で、何故彼が乱を起こしたのかを理解するために、必要不可欠な資料であると簡略に記されていた。

 ちなみに、それ以外の同時代において教える時は、『放屁論』(平賀源内)『北越雪譜』(鈴木牧元)など、庶民の生活を描いた作品を課題図書として読ませているとのこと。

この講座を担当している教授はアンドンルー・ゴードン氏で、アメリカにおける日本史研究のリーダーのひとり。研究の主たる分野は―日本の近現代の労使関係史・社会関係史・政治史―。二〇一四年に旭日中授章を受賞されている。

詳しくは、同書中の「第1講義」の章をご覧いただきたい。(山崎弘義)


◇朝日新聞夕刊連載記事「追跡 大塩平八郎 反乱から一八〇年」

十一月二十日(月)から十二月四日(月)まで、土・日・祝日を除いて計十回、朝日新聞夕刊に表記記事が連載された。大峯伸之記者の執筆である。東は仙台から西は隠岐の島まで実に精力的な取材をされた。

第一回の見出しは「腐敗追及 現代にはおらんのか」。九十年万博時、地下道美化のための新聞販売スタンド撤去に反対して、「市役所に大塩平八郎はおらんのか」との壁新聞があったと紹介し、「与力時代は決してわいろを受け取ろうとせず、陽明学者として説いたことを実践しようと蜂起したとして、大塩は主に『清廉潔白』のイメージで語られてきた。だが、一方で『江戸で栄達を得ようとして失敗した』などと、異なる大塩像を唱える人も昔からいる。蜂起から一八〇年。大塩の『素顔』を追ってみる」と連載の意図を述べている。以下、見出しを並べると、二回「清廉潔白か 上昇志向か」。三回「『異質の存在』評価は二分」。四回「人気の背景にアンチ中央」。五回「乱を支えた郊外の豪農」。六回「門弟の子孫ら 沈黙破る」。七回「乱の痕跡 隠岐諸島にも」。八回「苦しむ農民を守るため」。九回「隠岐騒動の文書 八尾に」と続き、最終回の十回「武士への誇りと屈折と」では「『義人』という評価は高まったのに、大塩にはいまも毀誉褒貶がつきまとう。一筋縄ではいかない不思議な人物である。それが大塩の『素顔』なのかもしれない」と結んでいる。

本連載は朝日新聞社から利用許可をいただき、「大塩事件研究会のブログ」に転載している。(井上宏)

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2018年3月16日 (金)

平成30年4月、大阪府立中之島図書館で、大塩の乱180年の記念展が開催されました。

下記催しは、お陰様で盛会裡に終了しました。入場者は、延べ3668名に上りました。有難うございました。
催しの記録写真を、別頁で掲載しています。矢印をクリックしてご覧ください。


『時ならぬ浪華の花火-大塩の乱一八〇年-記念展』のお知らせ

期間   平成30年4月3日(火)~4月27日(金) 

開館時間 月曜日~金曜日 9時―20時 土曜日 9時―17時 

休日   毎週日曜日・祝日 

場所   大阪府立中之島図書館 本館3階 展示室 料金:無料 

        大阪市北区中之島1-2-10 

  電話 06-6203-0474 

地下鉄「淀屋橋」駅・京阪本線「淀屋橋」駅(1番出口)他 

主なイベント 

 ・展示  酒井一先生の遺品を中心に50点ほどの大塩平八郎関連資料
 

 ・古文書講座 「大塩の檄文を読む」 講師 藪田 貫先生(本会会長) 

   対象 中級者以上 事前申込・先着順30名
   テキスト代 1500円(3回分) 

   開催日時 4月5日(木)・12日(木)・19日(木)※連続講座 

10時20分―11時20分 

会場  本館2階 レンタルスペース1

 ・講演会とDVD上映 

   講演  「追跡 大塩平八郎 ~反乱から180年~

            講師  朝日新聞 大峯伸之記者 

   DVD  「大塩平八郎と民衆」解説 監督 島田 耕 氏(本会会員) 

 定員   70名(事前申込・先着順)
   参加費  500円 

   開催日時 4月14日(土)14時―16時(受付13時30分~) 

   会場   別館二階 貸会議室
 

・ギャラリートーク 大塩事件研究会委員による展示品の紹介

  開催日  4月5日(木)・12日(木)・19日(木) 1日2回 

  時間   1回目 11時30分  2回目 13時 各30分程度
   会場   本館3階 展示室(大塩展と同室)

  参加費  無料  事前申込不要
 

主催:大塩事件研究会、大阪府立中之島図書館指定管理者 株式会社アスウェル 

協力:大阪府立中央図書館、大阪市立中央図書館、大阪歴史博物館 

   大阪春秋編集室
 問合わせと申込先:中之島図書館管理事務所(中之島図書館一階)

    (電 話) (06)6203-0474

    (メール)  eventyoyaku@nakanoshima.library.jp


  記念展チラシ(画像をクリックすると拡大します)
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2018年3月15日 (木)

吹田市立博物館で薮田会長講演「大塩平八郎を考える-文人の大塩・武士の大塩」

 既告の通り、本会 藪田貫会長による表題の講演会が2月18日吹田市博物館で行われました。宮脇志摩ゆかりの吹田市での講演ということで市民の関心も高く、定員を超える130名程の出席がありました。

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 講演では、はじめ2月8日に放映された、片岡愛之助のテレビ番組『歴史捜査』への関わりから、「檄文」と「建議書」などから見えてくる、大塩の乱と平八郎の志しを説明されました。

テーマの「文人の大塩」では、田能村竹田、頼山陽・篠崎小竹らとの詩と画を通じた交流。「武士の大塩」では愛刀畠山大和介源正光のこと、地方与力坂本鉉之助・本多為助らとの交流から砲術への関心を深め、堺七堂浜で大砲の実射演習を重ねたが「演じる技前、実用に適い難し」であったと言います。

講演後も演台付近で、藪田会長に質問する人も多く、この地で大塩の乱・平八郎への関心の高さを感じました。

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(文責 内田正雄、写真 山崎弘義)

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平成30年3月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年3月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:3月26日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 45右頁1行目「糟谷助蔵、大塩平八郎及乱妨候・・・・・・・」から 
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  2月は読めませんでした。3月はプリント番号20-1(原資料173頁)「第三章 町奉行の裁判-解説」からです。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回以降は、4月23日(月)、5月28日(月)、6月25日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2018年2月12日 (月)

平成30年3月「大塩事件研究会」本会・大塩中斎忌記念行事の詳細が決まりました。2月22日改訂

3月例会の詳細が下記のように決まりました。

1.日時 平成30年3月25日(日) 午後1時30分~

2.場所 大塩家菩提寺 成正寺
      大阪市北区末広町1番7号
      電話 06-6361-6212
      地下鉄南森町下車⑥出口北へ一筋目、寺町筋を西へ入る北側

3.記念行事
  午後1時30分 「大塩父子及び関係殉難者怨親平等慰霊法要」、成正寺様主催 
  
  午後2時15分~ 記念講演 「大塩平八郎と講談」
               講演者 : 旭堂南海師

    梗概:大塩の乱直後から講談として読まれてきた大塩平八郎。
    一体、講談ではどのようなストーリーが展開されてきたのか。
    また、どの程度の人気を博したのか。
    資料をもとに考察してみます。

4.大塩事件研究会総会  4時頃

5.参加費  500円

  お問い合せ先  内田正雄 06-6877-2590

奮ってご参加ください。

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2018年2月 2日 (金)

2月8日、BS日テレの「解明!片岡愛之助の歴史捜査」で大塩の乱が採り上げられます。

2月8日、21:00~22:00放送、BS日テレの「解明!片岡愛之助の歴史捜査」で大塩の乱が採り上げられます。

同番組の概要は:
「歴史捜査」という新たなアプローチで、歴史の真実をあぶりだす。本格的歴史番組!

「歴史の定説は決して『真実』とは限らない・・・」。
歴史上の様々な事件・事象を最新の研究、徹底した資料の発掘、科学的なアプローチで検証。
合理的に推理し事件の核心に迫る・・・

歴史捜査から見えてくる「真実」とは!

今回のテーマは:
#101「大坂炎上!大塩は何と戦ったのか?大塩平八郎の乱の真実を追跡せよ!」
です。

BS日テレのホームページ中の番組宣伝にある番組内容を下記に転載します。

天保8年2月19日。
大坂に大砲の爆音が響き、町は紅蓮の炎に包まれた!
徳川幕府を揺るがせた「大塩平八郎の乱」である。
大塩率いる300人の「反乱軍」は標的である大坂町奉行所に向けて進軍。
この反乱で、大坂の町の5分の1を焼き尽くす大惨事となった。

もともとは幕府の役人、与力だった大塩平八郎。
泰平を守るはずの男が、なぜ反乱を起こしたのか?
定説では、大塩は未曽有の大飢饉に苦しむ人々を見て、
彼らを見殺しにする幕府に怒り、
「救民」の旗印を掲げ、反旗を翻したとされている。
だが、反乱の背景には驚くべき事実が隠されていた!

捜査線上に浮かび上った大塩が幕府へと送ったある密書。
そこに書かれていたのは、大坂の町に巣食っていた巨悪の存在!
大塩が見つけたのは高級旗本の金融スキャンダルだった!

大塩平八郎の乱に隠された大坂の闇を徹底捜査!

ホームページの番組宣伝(写真含む)は、この文章をクリックしてご覧ください。

是非当日のご観覧、または、ビデオ録画予約をお願いします。

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2018年1月30日 (火)

吹田市立博物館で2月18日(日)、薮田会長が講演します

歴史講演会「大塩平八郎を考える―文人の大塩・武士の大塩―」

平成30年(2019年)2月18日(日)
午後2時~3時30分

いまから一八〇年前の天保八年二月一九日早朝、「救民」の旗を掲げて決起した大塩平八郎。その反乱は半日で潰えたが、大きな衝撃を与え、いまなお、義人とも逆賊とも評価が分かれている。家職は六代続いた町奉行所与力であったが、彼ひとり「文人」として生き、頼山陽らと交わり、洗心洞主人として門人子弟を持った。また一方では、槍術の使い手として知られ、大砲を備えた軍団を指揮して、「武士」として戦場に散った。大塩平八郎には、「文人」としての大塩と、「武士」としての大塩が共存していたのである。

講師/藪田 貫 氏(大塩事件研究会会長・関西大学名誉教授)
会場/当館 2階 講座室
定員/先着120名
 

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お問い合わせ

吹田市立博物館
〒564-0001
吹田市岸部北4丁目10番1号
TEL:06-6338-5500
FAX:06-6338-9886                    

(以上、吹田市立博物館ホームページからの転載)                           

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2018年1月例会、講演会「天保能勢騒動-首謀者山田大助の狙いを探る」

2018年1月例会・講演会は、27日(土)午後1時30分から、成正寺で行われました。

講師は、土岐稔先生
先生は、小説「山田大助-天保能勢騒動」の著者。小学校の校長を務められながら、郷土史の研究をされ、その成果から、小説を書かれました。

今回の演題は「天保能勢騒動-首謀者山田大助の狙いを探る」
この事件については、『大塩研究』75号・76号で、すでにご執筆いただいていますが、先生のお話を直接お聞きしたいと、お願いしました。

講演の冒頭、先生は講演の狙いを次のように述べられました。
「1837年(天保8)2月19日に大塩平八郎が挙兵し、人々を驚かせた。その5か月後、大坂北の能勢で大規模な騒動が起こった。大塩平八郎が生存しており、能勢で再び挙兵したという噂が広まった。
 しかし、首謀者は大坂斉藤町に住む山田大助と仲間だと分かり、人々はさらに驚いた。
大助はわざわざ能勢まで出かけ、何故騒動を起こしたのか、何の狙いがあったのか、いまだに疑問が残ったままである。挙兵事件を起こした大塩平八郎と能勢騒動を起こした山田大助の真の目的は何だったのか。二人の奥底にある思いは重なるのかどうか、史料を追及・検討するのは当然であるが、史料を超えて、大塩と大助の狙いを探っていきたい」。

講演の内容は75号・76号をご覧いただくとして、ここではこれ以上述べません。
著者から直接お話を聞き、質疑応答が出来たことは大いに意義がありました。
この事件には様々な説が唱えられていますが、いずれも確証がなく、実に不思議な事件であるとの印象が残りました。

講演後、箕面の藤井隆さんから、ご自宅に残る大塩平八郎の漢詩掛け軸の披露がありました。4月の大阪府立中之島図書館におけるイベントで展示させていただく予定です。

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(文責 井上宏

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2018年1月25日 (木)

平成30年2月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年2月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:2月26日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 41右頁1行目「一 年齢弐拾六才 一 顔細長ク色赤黒キ方・・・・・・・」から 
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  史料は当日配布します。

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回は、3月26日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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2017年12月21日 (木)

平成30年1月「大塩事件研究会」本会の予定

平成30年1月例会を下記により行いますのでご案内致します。

        記

1.日時 127日(土)午後1時半

2.場所 成正寺(北区末広町1番7号)

   電話 06-6361-6212

  
  JR環状線天満駅から南へ徒歩15

  地下鉄南森町駅から北西へ徒歩5分

    (⑥出口を北へ最初の信号を左へすぐ)

3.講演 「天保能勢騒動―首謀者山田大助狙いを探る」

  講師  小説「山田大助―天保能勢騒動」の著者 ・土岐 稔先生


天保八年の能勢騒動で一揆側は、「徳政大塩味方」の幟を立て、「朝廷への直訴」を揚げたが、一揆勢力は京への逆方向に進み、幕府側との大きな戦いに拡大していった。首謀者山田大助の狙いは何だったのか。一揆勢の動きを追いながら探っていく。

4.参加費 500

 〒
5300053 大阪市北区末広町1番7号  成正寺内 大塩事件研究会会長 藪田 貫

 お問合せ先    内田正雄 0668772590

平成30年1月「大塩の乱関係資料を読む部会」の予定

平成30年1月例会は下記のように開催します。ご出席ください。

読む部会
◆日時:1月22日(月) 午後6時00分~8時00分

◆場所:大阪市立北区市民センター 第2会議室
    北区扇町2-1-27 (Tel 06-6315-1500)

◆テキスト:「難波美家解(なにわみやげ)」 (古文書) 37左頁1行目「書面平山助次郎外弐人共大岡紀伊守・・・ 」から (以前配ったものから、頁番号の振り方が変わりましたのでご注意ください)。
      
      「大阪市史史料 近世Ⅱ」(活字)  613ページ下段後ろから4行目「5.乱後の諸家蔵屋敷の動向隠居 ・・・・・・」から。(前回12月は読めませんでしたので、同じ所からです)

◆講師:本会会長 藪田貫先生(兵庫県立歴史博物館館長、関西大学名誉教授)      

◆参加費:500円(資料コピー代共)

◆お問い合せ先: 内田正雄 (Tel 06-6877-2590)

(次回以降、2月26日(月)、3月26日(月)です。時間は午後6時から、第2会議室です)。

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朝日新聞夕刊連載「追跡・大塩平八郎-反乱から180年」⑥~⑩

前ページの続編です。「追跡 大塩平八郎、反乱から180年」の⑥~⑩です。

 朝日新聞社の承諾番号は「17-6501」です。本記事は、朝日新聞社に無断で転載することは禁じられていますので、ご注意ください。


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⑥11月28日(火)
⑦11月29日(水)
⑧11月30日(木)
⑨12月1日(金)
⑩12月4日(月)

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2017年12月17日 (日)

朝日新聞夕刊で全10回の連載「追跡・大塩平八郎-反乱から180年」①~⑤

 平成29年11月20日から12月4日、3週に亘り、朝日新聞夕刊で、「追跡 大塩平八郎、反乱から180年」という全10回の連載がありました。大峯伸之記者の執筆です。
朝日新聞社から利用許可をいただき、本ブログに転載します。その内、本ページには①~⑤を、次ページに⑥~⑩を掲載します。

 朝日新聞社の承諾番号は「17-6501」です。本記事は、朝日新聞社に無断で転載することは禁じられていますので、ご注意ください。

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①2017.11.20(月)
②2017.11.21(火)
③2017.11.22(水)
④2017.11.24(金)
⑤2017.11.27(月)

⑥~⑩へ

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2017年12月 1日 (金)

北河内各市(守口・門真・枚方)による大塩の乱180年関連行事の報告

大塩の乱に関係の深い北河内の各市では、大塩の乱180年を記念して、様々な行事が行われました。その一部を報告します。

1.守口市
歴史講座「大塩平八郎と守口」
11月14日(火)午後1時30分から、守口市中部エリアコミュニティーセンター(守口市役所地下1階)で開催されました。
講師は、大塩事件研究会会長の薮田貫先生、当日は雨にもかかわらず、定員一杯の40名の聴衆が詰めかけ、熱心に聴講していました。

講演内容としては、事件の概要、大塩平八郎の与力として、学者として、詩人としての人となり、檄文のこと、事件への参加者と処罰など、多岐に亘りましたが、特に、京街道筋の村々が、大塩と如何に縁の深い土地であったかを強調されていました。

天満~守口~尊延寺村を「大塩の道」と表現され、大塩が淀川近郊を散策し、詩作に耽ったこと、般若寺村の橋本忠兵衛、守口の白井孝右衛門、門真三番村の茨田郡士、尊延寺村の深尾才次郎宅などを、京街道を歩いて度々訪れたことなどを紹介されていました。講演の様子を写真でご覧ください。

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◆もりぐち歴史館「講談・大塩平八郎」
12月1日(金)午後1時30分から、講談「大塩平八郎」~守口市と関わりのある大塩平八郎のお話を講談で~ と銘打って、もりぐち歴史館で行われました。
演者はもちろん旭堂南海師です。

この歴史館は、旧中西家住宅。中西家は、近世初期に尾張徳川家と姻戚関係を持ったことなどから、後に尾張藩天満御屋敷奉行などをつとめた河内きっての名家の一つです。
この地に居を構えたのは、16世紀中頃とされ、棟札には、弘治元年(1555年)に主屋が創建され、元和2年(1616年)に再建、現在の建物は寛政5年(1793年)の再々建で、長屋門(大門)は安永5年(1776年)に再建されたと記されています。

大塩も講義をしたと伝えられる書斎も残される、由緒ある建物での講談は、さぞ面白かったでしょう。、筆者も出席の予定でしたが、風邪の発熱と咳のため、迷惑を掛けてはいけないと辞退しました。残念です。下は講談のチラシです。
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2.門真市・枚方市
門真市の門真市立歴史資料館、枚方市の市立枚方宿鍵屋資料館、淀川資料館の3館が共同企画で、「北河内・淀川ゆかりの人物伝」の展示が、10月11日(水)~12月3日(日)に行われました。その中で、門真の展示が大塩の乱関連でした。

◆門真市立歴史資料館「大塩平八郎と門人たち」
大塩の乱に参加し、処罰された門真三番村 茨田郡士を中心とした展示でしたが、守口市の守口文庫所蔵の大塩平八郎像や史料類も展示され、興味溢れる内容でした。
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講座「大塩平八郎と門人たち」
12月2日(土)14:00~15:30、秋の合同企画展「北河内・淀川ゆかりの人物伝」関連講座として、表記講演が行われました。場所は市立枚方宿鍵屋資料館別棟2階大広間。
講師は門真市立歴史資料館学芸員で、大塩事件研究会副会長の常松隆嗣氏です。

(文責 井上宏

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2017年11月29日 (水)

11月例会・フィ-ルドワ-ク「酒と織姫の町池田を歩く」の記録

11月例会はフィ-ルドワ-ク「酒と織姫の町池田を歩く」でした。

途中、池田市立歴史民俗資料館で開催中の特別展「『天若不愛酒』(てんもしさけをあいせざれは)-近代池田の酒づくり」を見学し、また、池田城跡公園ほかの「紅葉」も見頃で、楽しいフィールドワークとなりました。
案内人は歴史民俗資料館学芸員の宮元正博氏(当研究会会員)です。

1118日(土)1300、阪急電鉄宝塚線池田駅改札前に集合。午前中降り続いた雨も止み、ラッキーでした。

池田駅を出発し
→呉服神社→室町住宅→呉服座跡→吉田酒造主屋→呉春株式会社(外から)→小林一三記念館→池田城趾公園→塩増山大広寺→歴史民俗資料館→能勢街道→池田駅で、
1630頃に解散しました。

本ホームページ制作者は、体調不良のため欠席しましたので、会員の山崎弘義さん撮影の写真をご覧ください。写真の後に、宮元さん制作の資料を参考に付けておきます。

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左:呉服神社参道           右:呉服神社境内

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左:姫室(呉服神社内)        右:呉春株式会社