« 11月 大塩事件研究会例会のテーマは「二宮尊徳」です | トップページ | 研究会本会の次回は3月26日(日)です(1月27日改訂) »

2016年11月 7日 (月)

10月例会・フィールドワーク「西村履三郎・常太郎ゆかりの地を訪ねる」

10月23日のフィールドワークは、「狗賓童子の島」の主人公西村常太郎及び父親で大塩門人の西村履三郎ゆかりの地を歩きました。(「狗賓童子の島」は飯島和一著、第19回司馬遼太郎賞受賞作品です)。案内人は志村清さん。参加者は25名でした。

 この地については、本ブログ「大塩ゆかりの地を訪ねて④『八尾に西村履三郎の故地を訪ねる』」でも紹介しています。また、「大塩研究」26号の「洗心洞通信」で、会員の土井さんが今回の報告を執筆される予定です。そこで、本ブログでは、写真を基に行程をたどることにしました

P1090353b

P1090355b

左:13:00 JR大和路線 志紀駅に集合。

右:駅東口広場で、さっそく志村さんの解説。「この辺りに旧大和川が流れていました。氾濫を繰り返したので、宝永元年に付け替えになりました」
(スマートフォンでご覧の方は、左・右を上・下と読み替えてご覧ください。以下同様です)
P1090356bP1090359b_2

左:この流れが旧大和川の名残です。|右:弓削道鏡ゆかりの弓削神社(東弓削)小さな社殿です

P1090367bP1090371b_2

左:弓削神社(西弓削)、こちらは大きな社殿です。|右、この石灯籠は四代目西村七右衛門が寄進したものです。

P1090376b_2

P1090377b_5

右:西村市郎右衛門頌徳碑|左、由来記:市郎右衛門は、大和川付け替えで水不足に悩む村民のため、幕府の許可を待たず、樋を開いて村に水を流したため罪を得て死んだ。大正時代に頌徳碑が作られたと説明している。西村一族は、地域のために尽くしていたんですね。

P1090378bP1090379b

左:西村一族の墓石(志紀霊園)|右:左殿家(履三郎長男常太郎改め、左殿貫の一族墓石

P1090389bP1090388b

左:この辺りに西村常太郎屋敷の冠木門がありました。医師となった常太郎は、冠木門から馬で往診に向かいました。写真左手に左殿政逸建立の観音堂|右:観音堂

P1090397bP1090400b

左:聞法寺に残る西村履三郎屋敷門|右:聞法寺内部

P1090403bP1090409b

左:寺にある立派な六曲二双の屏風絵(作者・画題不明とのことでしたが、本ページ制作者が調べ、福田眉仙筆の楠妣庵之図と分かったので、連絡しておきました)。|右:神剣(みつるぎ)神社を訪れました。大塩平八郎門人 渡辺良左衛門が自害したのが、この場所とも、次の五条宮址とも言われています。

P1090412bP1090414b

左:五条宮址 |右:これで今日のフィールドワークは終了です。こちらで解散します。ここから歩いて数分でJR八尾駅です。皆さん今日はお疲れ様でした。(16時40分でした)

HOME

« 11月 大塩事件研究会例会のテーマは「二宮尊徳」です | トップページ | 研究会本会の次回は3月26日(日)です(1月27日改訂) »

大塩事件研究会・本会・記録」カテゴリの記事

トラックバック

« 11月 大塩事件研究会例会のテーマは「二宮尊徳」です | トップページ | 研究会本会の次回は3月26日(日)です(1月27日改訂) »